室生犀星と幼少時代の菓子の思い出

菓子処・金沢生まれの詩人・小説家
室生犀星(1889~1962)は、石川県金沢市に生まれました。『叙情小曲』『愛の詩集』といった近代抒情詩を発表。のちに小説に転じ、『或る少女の死まで』『杏っ子』などの作品を世に送りました。
犀星の生い立ちは悲しいもので、出生の事情から、生後すぐに雨宝院(うほういん)の住職、室生真乗の家に養子に出されました。養家になかなかなじめず、実家に足を運んでいたようですが、9歳のときには武士であった実父が他界。父の家の小間使いであった生母は家を追われ、犀星に別れの言葉をかけることもなく姿を消します。この出来事は少年の心に深い影を落とし、のちに母を恋う作品を多数生み出す遠因となりました。
憩いのひとときと菓子
初めての小説『幼少時代』(1919)は30歳の時に書かれたもので、叙情的な筆致で、実父母との思い出や心優しい義姉と過ごした日々が綴られています。
幼い犀星は養母に内緒で毎日のように近所の実家へ遊びに行きました。実家は「広い果樹園にとり囲まれた小ぢんまりした家」で、茶の間は茶棚や戸障子まで掃除が行き届き、時計の音が聞こえるほど静かな場所でした。
家に着くとすぐに菓子をねだるのが常で、母親はいつも菓子を器に入れ、「特別な客にでもするように」お茶を添えて出してくれます。
母が出してくれたのは羊羹や最中。ありあわせではなく、菓子屋で買ってきたものかもしれません。母親にとっても心待ちな時間だったことでしょう。きちんと菓子皿に盛られた菓子からは、訪ねてくる我が子への精一杯のもてなしの心を感じます。
犀星は菓子を食べながら四方山話をし、ときには母の膝に甘えて眠ることもありました。
母は、養母への気遣いから、衣服の乱れを直し、「此処(ここ)へ来たって言うんじゃありませんよ」と言い含めて犀星を帰すのでした。
犀星はまた、実家の広い庭で父母と茶摘みをしたり、菓子を食べたりしたことも楽しい出来事として回想しています。菓子の内容は書かれていませんが、両親と過ごした日々は、菓子の甘さもあいまって、美しく幸福な記憶となって心に残り続けたのでしょう。
※この連載を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・1,800円+税)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)
参考文献
「幼年時代」(『或る少女の死まで 他2編』岩波書店 2003年 所収)
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