森銑三と金花糖

金花糖の招き猫(製造・写真協力:萬年堂)
博覧強記の書誌学者
森銑三(もりせんぞう・1895~1985)は、大正から昭和時代の書誌学者です。愛知県の刈谷町出身で、東京帝国大学史料編纂所や蓬左文庫(ほうさぶんこ)で研鑽を積みました。その研究対象は国学や漢学、詩文書画、和歌、俳句、随筆、戯作など幅広く、数多くの著作を残しています。
今回注目したいのは、明治時代の古い新聞や雑誌から、興味深い記事を見つけてまとめた『明治東京逸聞史』(1969)です。当時の庶民の暮らしを生き生きと伝える内容で、菓子の記事も少なくありません。ここでは砂糖菓子の金花糖(きんかとう)を例にあげましょう。
在りし日の金花糖
金花糖というと、雛祭りの頃に金沢などで見かける鯛や果物をかたどったものが思い出されるのではないでしょうか。近年では珍しい存在になりましたが、昭和30年代(1955~1964)頃までは、東京でも盛んに作られていました。さて、森が拾ったのは、明治38年(1905)刊『文芸界』に掲載された「今昔買食譚」(こんじゃくかいぐいものがたり)の記事で、縁日の人気者であった金花糖や、カルメラ、文字焼などの駄菓子のことが書かれています。同記事によれば、金花糖は、以前(明治時代前期でしょうか)とても流行り、鯛、海老、鰹、筆、招き猫、狆(ちん)などをかたどり、彩色したものが、籠入りで売られることもあったとか。また、縁日ではドッコイドッコイという商売の仕方がありました。これは、客が円形の盤上の棒を回して、その細くなっている先が止まったところの絵と同じ金花糖が取れるという、ルーレットのようなもの。とはいえ実際は、鯛や海老など上等な物のところには、棒はめったに止まらず、安物のところばかりに止まったそうです。しかも商人は、「大物のところで止まりそうになると、店ごと動かして、棒を先へやってしまう。」といった、不届きなこともしたそうで、苦笑いです。原文は長いため、森の視点で抜き書きしていますが、子どもたちの歓声や熱気、縁日の実態が想像できる箇所といえるでしょう。金花糖の歴史をたどる上でも貴重であり、こうした着眼点が光る記事が『明治東京逸聞史』にはちりばめられています。

縁日のドッコイドッコイ
菊池貴一郎『江戸府内絵本風俗往来』(1905)より
国立国会図書館デジタルコレクション
ちなみに森の著作集には、安倍川餅ほか餅菓子関係の資料を紹介した「餅の話」、「蕎麦だんご」「蜜豆」などの雑記も含まれています。甘いものに関心があったようで、ご存命であれば、虎屋文庫のこの連載も楽しんでくださったかもしれませんね。
こちらもご覧ください:「世界を魅了!金花糖とその仲間たち」(全国銘産菓子工業協同組合(全国銘菓)の広報誌『あじわい』連載より)
*連載「歴史上の人物と和菓子」を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社、2017年)が刊行されております。そちらも是非ご一読くださいませ。
参考文献
森銑三『明治東京逸聞史 2』平凡社 1969年
青頭巾「今昔買食譚」(『文芸界』第4巻第5号 1905年)
『森銑三著作集 続編 第13巻』中央公論社 1994年
『森銑三著作集 続編 第15巻』中央公論者 1995年
溝口政子『いとおかし 金花糖』パブファンセルフ 2026年 (オンデマンド形式)
著作権について
虎屋のウェブサイト上に掲載しております内容(上記の記事内の文章を含みます)に関する著作権その他の権利は虎屋が有しており、無断に複製等行いますと著作権法違反等になります。当ウェブサイトに関する著作権等については、以下のページをご覧下さい。













