牧野富太郎とドーラン

草木の精
多くの植物の新種を発見、命名をした植物分類学の世界的権威、牧野富太郎(まきのとみたろう・1862~1957)は、自らを「草木の精」になぞらえ、植物の研究に生涯を捧げました。一方、気さくな人柄で、研究の合間に唱歌や短歌などを披露し、たくさんの人を魅了しました。
親友との交流
牧野が親交を結んだ一人に、植物学者の池野成一郎(いけのせいいちろう)がいました。池野とは、牧野が東京大学の植物学教室に出入りをするようになった明治17年(1884)頃からの付き合いで、植物図鑑『日本植物志図篇』を出版する際、池野が多大な助力をしたり、共に採集旅行に出かけたりしています。
二人は菓子好きだった点でも馬が合ったようで、牧野の随筆「池野成一郎博士に対する思い出話」には、菓子にちなむ話がいくつか書かれています。たとえば採集の旅に出た際、湯本(福島県)で黒砂糖の駄菓子を食べたこと、また、池野の最晩年、牧野と知人が見舞いとして好物の虎屋の餅菓子を持っていったところ非常に喜んだことなど。なかには「ドーラン」というちょっと変わった名前の菓子も登場します。
お菓子の胴乱(どうらん)
「本郷の春木町に梅月という菓子屋があってドーランと呼ぶ栗饅頭式の菓子を売っていた。形が煙草入れの胴乱みたようで(原文ママ)、それが大層ウマカッタので、時々君とそれをその店へ食いに行った」
牧野は「栗饅頭式」と書いているのですが、胴乱形だったという以外、はっきりとしたことはわかりません。ただ、似た名前の菓子に、江戸時代に流行した「胡麻胴乱」があります。砂糖を小麦粉生地で包んで焼いたものですが、中の砂糖が熱で融けて沸騰し、生地の内側に貼りついて空洞になるため、煙草や小銭を入れる小物入れの胴乱に見立ててその名がついたといわれます。
二人のお気に入りだった「ドーラン」。一体どんな味だったのでしょう。是非食べてみたいものです。
※この連載を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・1,800円+税)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)
参考文献
牧野富太郎『牧野植物随筆』講談社 2002年
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