ハリスと接待菓子

日米修好通商条約締結に尽力
タウンゼンド・ハリス(1804~78)は、安政3年(1856)初代米国総領事として下田に着任、2年後日米修好通商条約締結を成し遂げた人物です。
条約締結交渉のため、13代将軍徳川家定(1824~58)に謁見を許され、ハリスが下田を旅立ったのは安政4年10月7日のこと。江戸までは下田奉行手配による350人もの大行列で、14日に到着し、丁重に迎えられます。翌日、将軍からの贈り物が宿所に届けられました。ハリスの日記には贈り物をあけた時の様子が次のように記されています。「それを開くと、砂糖や米粉や、果物や、胡桃などでつくった日本の菓子が、四段に入っているのがみられた。それらは、どの段にも美しくならべられ、形、色合、飾りつけなどが、すべて、ひじょうに綺れいであった。(中略)私は、それらを合衆国に送ることができないことを、大いに残念に思う。…」(坂田精一訳『ハリス日本滞在記』岩波文庫より)
菓子の内容
興味深いことに、『嘉永明治年間録』などの幕府側の記録から、ハリスに感動を与えた菓子の内容をさらに詳しく知ることができます。それによると、箱は「檜重一組(四重物一組、長一尺五寸、横一尺三寸、但し外檜台付、真田打紐付)」。つまり、檜(ひのき)の四段重ねの重箱で、縦45、横39センチほど。段ごとに「干菓子…若菜糖・翁草・玉花香・紅太平糖・三輪の里」「干菓子…大和錦・花沢瀉(はなおもだか)・庭砂香(ていさこう)・千代衣」「蒸菓子…紅カステラ巻・求肥飴・紅茶巾餅」「蒸菓子…難波杢目羹・唐饅頭 」が入っていました。製造したのは幕府御用を勤める「大久保主水(もんと)」と「宇都宮内匠(たくみ)」で、代金は65両だったとのこと。一両で米が6斗買えた時代といいますから、大変な高額です。幕府側は日本の威信をかけ、異国の公使を驚かせるような贅を尽くした菓子の贈り物を用意したのでしょうか。幕府のねらいがどこにあったのか不明ですが、この贈り物によって、条約交渉という重要な任務を控えたハリスも、一時、心和んだのではないかと思われます。
※ 写真の復元菓子は横浜美術館の「大・開港展-徳川将軍家と幕末明治の美術-」で、 2009年9月19日から11月23日まで展示されました。
※この連載を元にした書籍 『和菓子を愛した人たち』(山川出版社・1,800円+税)が刊行されました。是非ご一読くださいませ。(2017年6月2日)
参考文献
坂田精一 『ハリス』吉川弘文館 1961年
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